文字ってのは、なかなか遺ってしまうものだ
ビジネス本は実は最近発行されたものが一番良い。
ビジネス関係の本は、ものすごくたくさんのものが発刊されては本屋で売れる。そして回転も早い。
本当にいろいろな切り口の本が出る。一度あたったビジネス本は、ジャンルとして認知されて、そういうものによく似た感じの文体や章立てで色んな本が刊行される。
表紙を似させてくるという技法もある。
ビジネス本をたくさん読むと、本当に役に立つ本というものは少ない。『何千冊もの本を読んでのエッセンス~』的な本があるということは、大事なエッセンスは圧縮が聞いてしまうのだ。一冊一冊の大事な部分というのはかなり絞られてしまうということである。
これは人間の悩みのタネが物理的に少ないとも言える。簡単に言えば、金や人間関係、その他諸々である。よく聞く話とも言える。全世界の中で、「自分だけが悩んでいるのだろうな?!」と思ったことは、実は人類2000年位の歴史の中で誰かは思ってしまっているということだ。いろいろな哲学の巨人や偉大な宗教家がさまざまな場面でさまざまに役立つことは刊行されてしまっている。
ではその大量に刊行された本たちはどこが違うのか。これは読者の想定が変わってくる。時代や風俗、価値観は変わる。
人間は、問題を他人事として考えると非常に冷静に考えられるが、行動には移さない。逆に、自分のこととして問題を受け取ると、熱中してしまうあまりに最善の策をとれないこともあるが、行動をするようになる。
ビジネス本で大事なのは、「自分のことが書かれている!」と思わせる主人公における問題提起。そして、熱中していながらも「最善の策を取らせる」という部分なのだ。行動に移すかどうかは読者に委ねるしかないが、本の章立てでいうと第一章と第二章の辺にあたる。
出口汪さんの本、新潮文庫で出ていたので買ってしまう。
本屋で考えていると、ついつい出版の歴史について考えてしまう。
つまり人間は文字を生み出してしまった。自分が死んだあとも、かなり詳細にのこるツールを生み出してしまったということだ。
世界史というのは、そのような文字や物品の証拠をいろいろ集めてみましたという学問である。
世界史という学問において、私が高校生の時に無意識的に考えてしまっていたことがある。「過去の人達の知性は劣っており、戦争を防ぐ術を知らずに殺し合い的なことばかりしていた」ということだ。
これは今になって思うと、大きな、いや致命的な間違いである。
文明が発達してから、知識量は爆発的に整理され増え続けているが、人間の知性は我々とは変わらないのだ。現代はあらかじめ問題が起こる前から知りうるケースが多くなっただけで、人間個人個人の問題解決能力や対応力はほとんど変わっていない。
「なぜ最善の策を考え出せなかったのか?」という考え方よりも、現代でも思いつけるような方法をおそらく思いついていただのだろうが、「なぜ、当時はそっちの方向を選んでしまったのか?」と考えなくてはいけないということだ。
そこに気がついたので、最近また少しだけ歴史を再勉強してみようと思い始めた。
そして出口治明さんの全世界史が新潮文庫化されていたので、早速買ってみる。これが今年の夏の読書になりそうだ。